年末だけれど、相変わらず雑多な論文読み(苦笑)。今回はスーザン・J・ヒューバート「聖人伝の神学的・論争的利用:ボナヴェントゥラの聖フランチェスコ大伝」(Susan J. Hubert, Theological and Polemical Uses of Hagiography: A Consideration of Bonaventure’s Legenda Major of St. Francis, Comitatus, Vol. 29, 1998)という論考を読む。ボナヴェントゥラが著した『聖フランチェスコ大伝』(PDFがこちらに)を、フランシスコ会派内部の政治的・神学思想な文脈に置き直そうという一編で、結構面白い。よく知られているように、当時のフランシスコ会派は聖霊派とコンヴェンツァル派(修道制派)とに分かれて、ある種の内部抗争を繰り広げていた。いわば元の清貧思想を取り戻そうとする一派と、組織化を重視する一派との対立だったわけだけれど、そんな中で、会派のいわば宗主だったアッシジの聖フランチェスコの伝記は、いきおい政治的な色合いを帯びたものとなっていたという。ボナヴェントゥラの著より以前には、チェラーノのトマスによる三種類の伝記と、スペイエルのユリアヌスによるその短縮版があった。前者のうち『第一伝記』(英雄伝の一般的なスタイルに合致していた)などは一時会派の公式な宗主伝とされていた。より独自性を強めたという『第二伝記』は聖霊派の議論を支持していて、実際に聖霊派によるコンヴェンツァル派の批判に使われたりもしていたらしいのだけれど、結局チェラーノのトマスの伝記は年代記的な不備があったり、礼拝に使うには不向きだったりしたことから、ユリアヌスの短縮版が作られることになった。けれども省略部分が多く、結果的にまた別の聖フランチェスコ像が導かれることになってしまう(政治的には両派に対して中立的)。
それらを受ける形で、ボナヴェントゥラの『大伝』が登場する。そちらは先行する伝記を参考に書かれてはいるものの、政治的にはコンヴェンツァル派寄りで、またフランチェスコの生涯を神秘神学的に構造化して示している点でそれまでの伝記とは一線を画しているのだという。神秘神学的構造化というのは要するに、ボナヴェントゥラが別の著書『三つの道』で示した、神秘主義的な上昇の三段階(浄化、天啓、合一)を、聖人の生涯に当てはめているということだという。『大伝』は従来、ボナヴェントゥラが会派の一体性を回復するために記したものとされてきたというのだけれど、実はそこにはボナヴェントゥラ自身のアレンジを経て、神秘神学的な思想が反映されている、というのが論文著者の議論。なるほど。でも、ならば神秘神学的構造化そのものの政治性といった議論にまで、もう一歩突き進んでもらいたい気もしないでもないのだが(無いものねだりか……笑)。