“Les fondations du Savoir historique”

古物愛好と歴史のはざま


 アルナルド・モミリアーノの仏語訳を読んでいくというプロジェクトも、この『歴史的知識の基礎づけ』でほぼ一段落。原書はArnaldo Momigliano, "The Classical Foundations of Modern Historiography", University of California Press, 1990。仏訳はLes Belles Lettres, 1992-2004。とくに古物愛好と歴史学の、どこか緊張感漂う関係性について論じた第三章が印象的でした。

 ルネサンス時代の貴族が示した古物愛好熱は、趣味的に閉じたものだったようですが、モミリアーノは、そうした断片的なこだわりの知識と、正統とされる歴史学との、どこか緊張感をはらんだ並列関係を形作っていきます。その並列関係の端緒は、トゥキュディデスに見いだされるといいます。

 モミリアーノがよく持ち出す仮説に、トゥキュディデスこそが政治史を歴史の中心に置く伝統の始祖だという説がありますが、ここでもそれが生きています。ヘロドトスの歴史記述はどちらかというと民族誌的なものでしたが、トゥキュディデスによってそれらは完全に脇に置かれ、年代記的な政治史が記述の中心に据えられます。しかし、そうして無視されるようになった民族誌的なディテールは、とくにヘレニズム期以降、古物愛好というかたちで生き残ったようだというのです。

 中世の神学者などを経てルネサンス期に受け継がれた嗜好は、その後も続いていきます。17世紀以降の歴史学者や哲学者たちは、そうした古物愛好を軽んじ、蔑みますが、時代が下るにつれ、ときにはそれらが歴史学の本流に影響を与えるようにもなってきます。

 昨今、独学・独習が盛んに取り沙汰されている感じもありますが、これもどこかそうした古物愛好的なものの伝統に、根っこの部分でつながっている動きのような気もします。正統なアカデミズムに必ずしも組み込まれない、けれども重要かもしれないそうした裾野的な活動が、いつか大きな流れになっていったらよいなあと、わたしのような一介の人文書ファンも強く思う次第です。

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