大雑把でも刺激的で面白い
メディア論の嚆矢と言えば、マクルーハンを思い浮かべる人は多いと思いますが、よりマイナーですけれど、その師匠筋というか、同じトロント大学で教鞭を執っていたハロルド・イニスこそが嚆矢だという人もいます。その主著の一つが文庫化されていますね。『メディアの文明史——コミュニケーションの傾向性とその循環』(久保秀幹訳、ちくま学芸文庫、2021)。原書は1951年刊のThe Bias of Communicationです。
最近はメディア論系も多少とも既視感を覚えるものばかりで、ちょっと食傷気味だったこともあり、あまりちゃんと追っていませんが、これについては文庫版(さらにはkindle版)にもなったことだし、一通りざっと目を通してみました。古代文明などを取り上げていて、久々に大上段からの骨太の文明史・文明論です。
だいぶ昔の学術書ですから、細やかな証拠を積み重ねていく類いの緻密な研究書ではありません(昨今はそういうもののほうが好まれている印象ですが)。コミュニケーションの媒体(粘土板だったり、パピルスだったり)が、社会的な価値の構築にじわじわと影響していく、との基本的なアイデアを、幅広い状況証拠でもって綴っていくというタイプの論考です。
もちろん取り上げる対象の広範さ、引き出しの多さは、該博といわざるをえません。昔はこういうスケールのでかい仕事、論証は多少大雑把でも、アイデアの斬新さや著述の勢いでぐいぐい読ませる本というのが多かった気がします。今はそういう本はさほど望むべくもなく(今ならひたすら突っ込まれて、排除されていく感じでしょうかね)、それはそれでちょっと寂しい気もします。専門分野外の読者にとっては、ときにそういう「ごり押し本」を読む快楽って、あるような気がします(笑)。