マルサス

人口論を読んでみる


 ミルの自由論の訳業がよかった斉藤悦則氏訳で、やはりkindle unlimitedに入っているマルサスの『人口論』(光文社古典新訳文庫、2011)を読んでみました。人口論は概要だけは知っていましたが、やはり実際に読んでみると、だいぶ印象が違いますね。ミルの本もそうでしたが、メインとなる主張は最初の章にまとめられています。

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 マルサスはそこで、食料の生産(土地による生産)が等差級数的にしか増えないのに、人口は等比級数的に増え、その不均衡が、人口の増加を抑制する契機となり、しかもそれはもっとも多い部分、つまり下層階級に特に重くのしかかる、というテーゼを打ち出します。もちろん、時代から考えて、厳密な科学的データに依拠しているわけではないのですが、人間の営為が自然条件と密接に関連していることへの着眼は興味深いですね。

 また面白いのは、これが当時の時代的文脈に即して書かれているということです。英国で成立したという救貧法が、かえって庶民の労働意欲をくじく悪法であると批判し、また、コンドルセの理性主義やゴドウィン(『フランケンシュタイン』のメアリ・シェリーの父親)の進歩史観・理想論などをするどく批判しています。というか、そうした批判・反論こそが本の大きな部分を占めています。

 マルクス本人の思想がマルクス主義とは別物であるように、マルサスの議論も後世のマルサス主義とはだいぶ違っている印象です。マルサスの人口論はその後も版を重ね、内容も拡充していくといいますが、ここで訳出されているのは、匿名で出版された初版なのだとか。若い、才気に満ちたダイナミックな筆致を感じさせます。