大下宇陀児

これぞ奇想、という数々


 初秋くらいから、大下宇陀児の短編集を読み始めていました。『偽悪病患者』(創元推理文庫、2022)です。これは断然面白い!手紙のやりとりで事件が描かれ解決する表題作のほか、都市伝説・怪談をモチーフにした幻想奇譚とでもいうべき「魔法街」とか、凝った趣向の短編がずらり並んでいて楽しめました。犯罪小説としては、三角関係ものとかが割と多いのでしょうかね。とにかく、ノーマークだった短編の名手です。

https://amzn.to/3BDLQ0h

 創元推理文庫からはもう一冊出ていますが、kindle unlimitedにもいろいろあるようで、「日本探偵小説全集9巻」が大下宇陀児作品集になっていて、中編「闇の中の顔」などが収録されています。これは途中から冒険小説っぽくなっていくもので、江戸川乱歩などの一部の作品を彷彿とさせます。

 wikipediaによれば、大下は「変格派」探偵小説を標榜し、トリックや謎解きよりは人間像を重視したのだとか。それもまた個人的に合う感じがし、好感がもてました。作品はまだまだたくさんあるようなので、しばらく楽しめそうです!

アリストテレス思想圏からの贈り物

混沌とした思想圏を切り分ける胆力


 個人的に、長らく古代・中世思想史の研究と称して、素人学問をやってきました。最近こそ、そこそこ目が悪くなってしまったので、積極的に一次文献や論文などをあさってデータベースを作る、なんて作業はできなくなってしまいましたが、自分の関心領域に重なる著作などに出会うと、なんだか嬉しくなりますね。

 『哲学者たちの天球』(アダム・タカハシ著、名古屋大学出版会、2022)はまさにそういう一冊でした。

https://amzn.to/3iExzd8

 13世紀のアルベルトゥス・マグヌスと、彼が参照していたアリストテレス注解者ことイブン・ルシュド(12世紀)、そして遙か昔の注解者アフロディシアスのアレクサンドロス。この系譜を中心に、自然哲学や形而上学、霊魂論などの壮大な系譜を浮かび上がらせています。

 古代や中世の文献は、全般的に、記述されている内容も、ときにかなりとっちらかっていると思うのですが、同書はそれを、チャート式(悪い意味ではなく)とでもいいますか、かなり明確に切り分けてきっちり整理しています。これはわかりやすい。わかりやすすぎて、「こんなにばっさり明確に整理してしまっていいんだっけか?」と不安を覚えるほどです(笑)。若い編集的知性のたまものですね。

 個人的に、久々に刺激を受けました。ま、とはいえ個人的には、今後大量の文献を読み散らすようなことはできないと思われ、限定数の古典を読み返すくらいのことしかできないでしょうけれど、のらりくらりと緩く読んでいけたらと思いますね。たとえば、長らく読みたいと思っていて、数年前にようやく手に入れたものの、積ん読のままになっている『アリストテレス霊魂論の逸名コメンタリー3編』(Trois commentaires anonymes sur le traité de l’âme d’Aristote, 1971)とか、改めて開いてみようかな、なんて思いました。