「未分類」カテゴリーアーカイブ

シャルル・バルバラ

『赤い橋の殺人』


 またまたkindle unlimitedからですが、シャルル・バルバラの代表的中編『赤い橋の殺人』(亀谷乃里訳、光文社古典新訳文庫、2014)を読んでみました。一種の準ミステリー的な作品です。原著は1855年刊行で、訳者(バルバラを再発見した当のご本人とのこと)による巻末の案内によれば、いくつかバージョンがあるようです。「準ミステリー的」と称したのは、主要登場人物の犯罪関与が早い段階からが何度か示唆され、後半の謎解きの意外性は薄く、いわゆる純正なミステリーには属さないものの、どこか同時代のミステリー系の作品群から影響を受けているように思われるからです。でも、ストーリー構成などを含めて、作品自体はなかなか興味深く、最後まで一気に読ませます。

https://amzn.to/3PWmsaj

 寡聞にして知らなかったのですが、このバルバラ、ボードレールの同時代人で親交もあり、弦楽器製造業の家に生まれているのだそうです。自身もバイオリンをたしなみ、それもあってか、作品でも音楽が盛んに言及されます。狂言回し役などはもろに奏者・音楽教師ですね。

 

ミステリー小説的「黄昏」

『十二神将変』『災厄の町』


 夏読書ということで、塚本邦雄『十二神将変』(河出文庫、2022)を読んでみました。もとは1974年刊。「日本語」というのは難しいものだなと改めて感じさせる、旧仮名遣い・漢字多めで黒い字面が並ぶミステリー小説になっています。辞書引きながら読むのは結構大変ですが、作者の塚本邦雄は現代短歌の第一人者とのことで、そのためか、言葉の織りなすリズムなどが心地よく、個人的には結構ハマりましたね。

https://amzn.to/3dDW9s7

 描かれるのは、お金持ちというか、地元の名家・名士たちが密かに織りなす結社の世界。もうなんというか、それだけですでに、どこか隠微な、黄昏の風情を醸し出しています。それを、様々な小道具で飾り立てていて、そのあたりは一種のカタログ小説的でもあります(あらゆる小説は職業小説であると誰か言っていた気がしますが、あらゆる小説はカタログ小説、というのもまた言い得て妙かもしれません)。また、事件を暴く探偵役は誰かというのも、犯人は誰かと同様に、話を盛り上げている感じです。

 最近、エラリー・クイーンの『災厄の町』(早川書房、越前敏弥訳、2014)もkindle版で読みましたが、そちらもまた、地元の名家の黄昏を描きだしていました。これ、日本映画の『配達されない三通の手紙』の原作ですね。こうしてみると、古典的なミステリー小説というものが、ブルジョワジーの退廃に見事に対応している枠組・作品分野だということが、改めて実感できます。

https://amzn.to/3wcS8kG

物理世界と文化世界 – 2

再びマーク・チャンギージー


 『<脳と文明>の暗号』がなかなか面白かったので、その前の著書だという『ヒトの目、驚異の進化』(柴田裕之訳、ハヤカワ文庫NF、2020)もざっと読んでみました。こちらも、いろいろ卑近な例を次々に繰り出してくるのが特徴的のようで、なにやらとても楽しいですね。

 今回は、視覚に焦点を当て、それが能力として超越的な進化を遂げたものだということを4つのトピックで考察していきます。まずは色の見分け。最も身近な肌の色をいわばゼロ記号として、その微細な変化を認識するように、色覚は進化を遂げたのではないか、という話。続いて、前方に2つの目をもつ意味の考察。前方に障害物があって向こう側がよく見えない場合でも、2つの目で像を作ることで、いわばその障害物の先を見通す構造になっているetc。

 3つめは錯視について。錯視が示しているのは、運動の延長上(いわば未来ですね)に、現在(正確には未来)の像を先取りする能力なのだと喝破します。うーん、凄い。そして4つめ。これが個人的には最も興味深いトピックですが、なんと文字の話。われわれが文字として認識している線描は、実はどの言語かにかかわらず、3字画ほどで構成されているのだとか。しかもその字画パターンは、人間が自然界で良く目にする交差のパターンそのものではないか、と。思わず唸ってしまいました。文句なしに面白い仮説です!

https://amzn.to/3znwYlM

物理世界と文化世界

音韻についての、物理現象からの説明


 まだ読みかけですが、すでにちょっと面白いので言及しておきたいと思います。マーク/シャンギージー『<脳と文明>の暗号』(中山宥訳、ハヤカワ文庫、2020)。認知科学の立場から、言語と音楽の起源に迫ろうという、壮大な考察です。でも語り口は平板で、身近なところから入っていくのが好印象ですね。

 で、特筆すべきは3分の1ほどを占める最初の章です。音声学・音韻論の基本について、物理的な音、というか人間が認識する音響のパターンをもとに、説明づけている点が、実に見事ですね。人間が認識する音は、基本的に「ぶつかる」「こすれる」「鳴る」の三つの動きからなり、同時にそれは音声言語の音も同様だというを論じ、物理音の認識がベースになって言語音は組み立てられている、という、言われてみれば至極もっともかもしれないことを、ページを割いて懇切丁寧に説明してくれているのでした。いいですねえ、こういうの。

 残りの3分の2は、いよいよ音楽についての考察になるようです。物理世界と文化世界を、認知科学でもって橋渡ししていこうという姿勢に、なにやらとても共感します。

https://amzn.to/3aGq9lP

ベイトソン

生命現象とコミュニケーション理論と


 今年の初めごろに岩波文庫に入った、グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』(佐藤良明訳、2022)を、kindle版で読んでみました。ダブルバインド理論で知られるベイトソンですが、この本は一般向きに軽妙な筆致で書かれていて、とても読みやすいものです。

 もちろん、認識論、進化、発生などの生命現象を、コミュニケーション理論などにもとづいたいくつかの概念でもって、串刺し的・横断的に絡め取ろうというものなので、それなりに難解ではあります(著者が用いる概念や用語の説明が衒学趣味的なので、少々面食らう部分がありますね)。とはいうものの、示された議論はとてもスリリングで、知的興奮をいざないます。

 生物学や社会人類学を経てきた著者の、時代に先駆けた学際性が光ります。

https://amzn.to/3HWLWSm