ワイン史

いきなり暑くなった気候のせいか、ちょっとこのところ体調が今ひとつ。そんな中、気分的に盛り上がる文化史の本を読む。内藤道雄『ワインという名のヨーロッパ – ぶどう酒の文化史』(八坂書房、2010)。これはめっぽう面白い。葡萄酒の文化史を古代文明(メソポタミアやエジプト)から古代ギリシア、ローマを経て、中世、近世、現代にまで辿ろうとする野心的な本。うーむ、壮観。各所でいろいろ興味深い指摘もなされる。たとえばホメロスに描写のあるワインと水を混ぜ合わせる器。ワインと水を合わせて飲むというのは、宗教的な意味があったのだといい、しかもそれは古代宗教の残滓なのだという。イエスがやたらと葡萄酒まわりに詳しいのは謎だという話もある(ナザレは寒冷地で、葡萄栽培はなされていないという)。「だれも新しいワインを古い革袋につめたりはしない」というのは、今では古い形式で縛るなみたいな意味で使われるけれど、当時の意味は、新しいワインには二次発酵中のものがあり、それを革袋に入れて密閉すると炭酸ガスでふくれあがり、古い袋なら破裂するかもしれないので、<誰もそんなことはしない>というものだったという。うーむ、なるほど。水がワインに変わるというエピソードについても、著者は旧約と新約が「まったく異質な宗教文化の系譜を背景にしている」と、踏み込んだ解釈をしてみせる。

ローマがもともと飲酒を制限していたという話も興味深い(葡萄酒をもともと愛飲していたのはエトルリア人)。それがカルタゴ戦役後は変質し、土地と戦利品の奴隷を投入して大規模な農業経営(葡萄園)に乗り出すのだという。葡萄酒はさらにゲルマン人の習慣をも変容させていく。ブルゴーニュ地方が開拓されるおおもとは、葡萄酒ほかの軍需品(酒は兵士の士気高揚のために必要だったのだそうな)を運ぶためだったといい、後にガリアのアロブロゲス族による品種改良で、ヴィエンヌ渓谷(それまでの北限)を越えた葡萄栽培が可能になり、そのはるか後代にシトー会による本格的な栽培が始まるという次第だ。

ロマネ・コンティの話も出ている。もともとポンパドゥール侯爵夫人が目をつけたロマネ村の特級畑(グラン・クリュ)を、敵対するコンティ公ルイ・フランソワが法外な値段で買い取ったのが始まりなのだとか。だから高いのかしらねえ(?)。ちなみに、これで憤然としたポンパドゥールは、宮廷御用達からブルゴーニュワインをはずし、ボルドーはメドックのシャトー・ラフィットを選んだのだそうだ。うーむ、なんだかなあ……。そういえば著者の内藤道雄氏というと、以前『聖母マリアの系譜』(八坂書店)がとても面白かった印象がある。そちらもお薦めかも(笑)。