コンスタンティヌス像

フランスのローマ史家ポール・ヴェーヌ。その著作の一つが先頃邦訳で出た。『「私たちの世界」がキリスト教になったとき−−コンスタンティヌスという男』(西永良成ほか訳、岩波書店)。訳者の西永氏は学生時代に個人的にお世話になった先生。直接の指導教官ではなかったのだけれど、今振り返ってみると、指導教官ではない先生方の言葉とかがむしろ後々まで残っている気がする(笑)。すでに退官されて、パリの大学都市にある日本館の館長に就任されたという話を少し前に耳にしていた(今は帰国しているのかしら?)。ま、それはともかく、早速その邦訳書を目下読んでいる。原書は2007年のもの。これは研究書ではなく、比較的新しいの知見などを取り込んだ一種のエッセイで、従来とはやや異なる(?)コンスタンティヌス像を描き出している。うむ、なかなかの快作。

コンスタンティヌスは、政策的には属州の支配に手腕を発揮したり、圧倒的多数を占めていた異教に対して寛大だったりと、プラグマティストな面を強く感じさせるものの、キリスト教への改宗は功利的・政治的な野心からなどではなく、あくまで個人的な嗜好・意志によるものだったといい、この二重性が人物像に深みを与えるとともに、キリスト教のある種の側面を引き立てることにもなり、結果的にローマにおける教会組織の基盤作りに貢献することになった……というのが全体のメインストリーム。そんなわけで、ヴェーヌによれば、そこに意図的なシンクレティズム(諸教混淆)とかイデオロギーとかを見るのは端的に誤りであるということになる。こうしたコンスタンティヌス像やその治世観の是非は、判断できるだけの材料を持ち合わせていないのでわからないのだけれど、いずれにしてもキリスト教の拡大(著者はこれを「ベストセラー」の理屈になぞらえてみせたりもする)を、ともすれば援用されがちな単純な因果関係、単線的な論理などに還元することはできないのだ、という強い思いが基底にあるらしいことは強く感じられる。でも、同書のいちばんの読みどころはまた別のところかも(?)。つまりそれは、微妙に脱線しては本線に戻ることを繰り返すような語り口も含めた、なにやら「フランスならでは」の叙述のなまめかしさではないかしら……なんて。そう、これは案外珍しい、なまめかしい歴史書ではないかな、と。「ヨーロッパに根などない」と言い切れる人なんてあまりいないのでは(笑)。