地学の黎明

プロドロムス―固体論これまた夏読書ということで、ニコラウス・ステノ『プロドロムス―固体論』(山田俊弘訳、東海大学出版会、2004)を読む。ステノは17世紀のデンマーク人司教。金細工職人の家に生まれ、医学で研鑽を積んだ後に、サメの歯の化石への関心から地質学的な研究へと進んでいったという、それ自体興味深い経歴の持ち主。プロドロムスとはもちろん序論という意味だ。訳者による解説によれば、本論は書かれずじまいだった模様。面白いのは、物体が微粒子から成るという考え方、さらには固体のある種の形成が流体(をなす微粒子)の蓄積によってなされているという考え方を採用している点。ステノのスタンスはどこか巧妙で、そうした微粒子そのものの考察(それがどんなものであるかとか、どのような性質をもっているかとか)には向かわずに、ひたすら実利的に、説明原理としてそうした微粒子を引き合いに出している。必ずしも原子論ではなく、なんらかの超微細な繊維のようなものを考えているようだ。地層などの形成に関する考察も、流体の固着という観点から説明づけられる。また、化石が生物由来であることもはっきりと示されていて、地中でも地上と同じようなプロセスで生物が形成されるといった、当時人口に膾炙していたらしい説には否定的だ。

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)これと平行して、同書の訳者による次の一冊にもざっと眼を通してみた。山田俊弘『ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)』(勁草書房、2017)。ステノを主軸に、同時代的な地学思想をめぐっていくという一作。『プロドロムス』にも、地層の形成についてデカルトへの言及があるけれど、そのデカルトの地学、デカルトの論的だったガッサンディ、さらにキルヒャー、ウァレニウス、フックなどの地学思想、さらにはスピノザ、ライプニッツなどの大御所が取り上げられていく。主軸ないし主役をなしているのはもちろんステノなのだが、たとえば地層の形成においてはデカルトの考え方が際立っていたり、化石の形成理論においてはフックが先行していたりなど、ステノは相対的にどこか影が薄くなっている印象もなきにしもあらず。ステノを主軸に据えたことの、その特異性はどこにあったのかが朧気になってしまうような気さえする。むしろフックなどのモノグラフが案外面白いのではないか、という印象さえ抱かせ、なにやら落ち着かない気分にもなる。とはいえ、視点を変えるならば、これは地学の成立を、取り上げられている主要な思想家が織りなすネットワーク的な様態に見いだそうとしているのかも、という気もしてきた。そのように眺めるならば、印象はがらっと変わる。それぞれの思想の有機的繋がり、連関などについては、研究はまだ端緒に差し掛かっただけのようにも思われるし、今後のさらなる展開にも期待できるのかもしれない。