【書籍】ゲーデルの悪霊たち

思想というものの内実はとても複雑


 ピエール・カスー=ノゲス『ゲーデルの悪霊たち』(新谷昌弘訳、みすず書房、2020)を読んでみました。めっぽう面白い、天才の精神世界の内実に迫る好著です(原著は2007年)。ゲーデルといえば不完全定理が有名な数学者・論理学者ですが、プリンストン大学図書館に所蔵されているというその膨大な個人的メモからは、怖がりだったり、強迫観念的だったり、一言でまとめるなら狂気というにふさわしい様々な像が浮かび上がってくるというのです。著者のカスー=ノゲスは、それらのメモをもとに、冥界めぐりのごとくゲーデルの精神世界に降りたっていきます。それ自体、実にサスペンスフルです。

 脳というのは機械にすぎず、限定的な問題を解決することができるだけだといいつつ、精神の外からもたらされるという観念の存在を、ゲーデルはマジで信じていたりするのですね。これは一種のプラトン主義ですし、精神と身体器官が断絶しているというあたりは、ライプニッツのモナドロジーの影響を受けていたりするのだとか。精神の外にはなんらかの不可視の実体があると考え、天使や悪魔・悪霊をかたくなに信じていたといいます。ゲーデルにとっては神の存在も、客観的精神として疑う余地はないようで、そうした考え方はすこぶる神学的です。要は、神学から唯物論へといたった西欧的な思想史に対して、その唯物論にことごとく対立するスタンスを取っているということです。

 けれどもこの本は評伝ではありません。著者が探っていくのは、あくまで思想的・思想史的な問題です。数学や論理学のように高度に抽象化された学問であろうと、その根底には一定のイメージなり、想像的なものなりがあり(数学のテキストは探偵小説と類比的だ、と著者は言います)、時代精神に強く影響されざるをえないこと、そしてその影響のされ具合が問題になるわけですね。そのあたりの解釈が、同書をして、凡百のモノグラフを突き抜けさせているように思われます。