『驚きの化学(Étonnante chimie)』

応用化学の一般向け解説本!


 Claire-Marie Pradierほか編『Étonnante Chimie – Découvertes et promesse du XXIe siècle』 (CNRS Editions, 2021)を読んでみました。応用化学の前線で活躍する研究者たちが、それぞれ入門的な概説を寄稿した、一般向けの入門書もしくは教科書ですね。

 領域横断という意味で、これは素人目にはとても刺激的な本に仕上がっています。化学は現代人にとってはなくてはならない重要な学問ですが、その応用範囲の広がりは、宇宙生物学から絵画修復、考古学、植物学、海洋学、気象学、エネルギー関連分野、電子工学、分子工学、素材学、医療分野、科学捜査などなど、実に多岐にわたるというか、ほとんど漏れている分野などないかのようです。そのそれぞれについて、いかに化学が貢献し刷新をもたらしているかが語られていきます。高校生くらいなら、こういうのを読んで、そうした道に進みたいと思う人がきっといるでしょうね。フランク・ハーバート『デューン(砂の惑星)』に出てくる「スパイス」というドラッグの話なども取り上げています。

 ところどころに差し挟まれる、少し変わった偉人たちの紹介も面白いです。ラヴォワジエの妻マリー=アンヌ・ポールズから始まって、化学専攻だった作曲家ボロディン、ドイツのメルケル首相(物理学者として紹介されることが多いですが、博士論文は量子化学の分野のものだったとか)、マリー・キュリーの娘イレーヌ・キュリー、化学者でもあった作家のプリーモ・レーヴィなどなど、どれも興味深い案内ばかりです。

https://amzn.to/3Pep4mB

Early Greek Philisophy VI

第6巻の主役はアナクサゴラス、でも……


 Loebのギリシア初期哲学集成、6巻目は「後期イオニア・アテナイの思想家たち」のパート1。書籍の大きな部分を占めているのは、アナクサゴラスについてのテキストですね。ほかにアルケラオスやアポロニアのディオゲネス。アナクサゴラスの、ヌースと無限のヒューレー(物質)が世界の本源である、という思想は、アリストテレスあたりをいったん通過していると、意外性はあまりないかもしれません。もちろん思想史的な重要性は別ですけれど。アルケラオスは世界の本源は火と水(熱・冷)だとしていますね。

 個人的にはむしろ、アポロニアのディオゲネスが面白いと思いました。世界の本源は空気であるとし、その濃淡によって様々なものが生成するとされ、魂もまた空気にほかならないのだ、なんて説いていますね。呼吸のコスモロジー。あれ、これってどこかで聞いたような(笑)。

https://amzn.to/3YQyWX9

哲学者と老境

老境は必ずしも穏やかではないのか?


 『晩年のカント』(中島義道著、講談社現代文庫、2021)を読んでみました。いわゆる三批判書以降のカントの思想的足取りを、人間性を絡めてたどった良書。とくに、宗教に関する論考が検閲に引っかかってしまったことが、その思索全体に長く暗い影を落としたのではないか、というのがとても興味深いですね。その後の著作の計画が、当初のもくろみだった形而上学の構築から逸れたように見えたり、またある種の著作が検閲への反撃であるかのように読めたりすることを、著者は蕩々と説いています。

 と同時に、フィヒテとの間に生じた確執のように、独自の体系的な理論を構築し擁護し続ける哲学者の晩年は、えてして同業者たちとの決裂や孤立に彩られているといった話も言及されています。思想家の円熟期というものが、必ずしも心穏やかなものにはならないのは、世の常なのかもしれませんね。

https://amzn.to/45NNrgK

工学とベルクソン

やっぱり工学からのアプローチは期待の星


 遅まきながら、ベルクソンの『物質と記憶』をめぐる三部作の最終巻『ベルクソン『物質と記憶』を再起動する——拡張ベルクソン主義の諸展望』(平井靖史、藤田尚志、安孫子信編、書肆心水、2018)を読了しました。個人的には三部作の中で最も刺激的でした。というのも、ここでは工学からのアプローチが大きな比重を占めているからです。情報工学的なモデリング(AIとかの)を通じて、ベルクソン的な問題系との比較、検証、修正などを図る、というのはとてもスリリングですね。なかでも谷・三池・平井の三氏による鼎談は、アイデアの活発なキャッチボールという感じで、臨場感にあふれた優れものという感じでした。

 作って検討、というのは、これから様々な分野で活性化されてしかるべきアプローチのような気がします。

https://amzn.to/3QXfeqP