引き続き子鹿原敏夫『ロドリゲス日本大文典の研究 (和泉選書)』から第三章と第四章。それぞれ「語根」と「中性動詞」という興味深い問題を考察している。まず「語根」について。日本大文典での「語根」は、動詞活用の共通部分と可変部分を区別する発想ではあったようなのだが、16世紀当時のラテン文典ではまだそういう区別は確立されておらず、音節や文字による分解は知られていたものの、基本単位はあくまで「語」全体であって、活用形はそれが屈折するものと考えられていた、と著者は述べている。ラテン文典で語語根と接尾辞が区別されるのは19世紀になってからだという。では、大文典での語根はどこから来たのか。語根そのものは12世紀以降のアラビア語研究や、16世紀に再燃したというヘブライ語研究で取り沙汰されていたというが、直接影響したのは、大航海時代のラテンアメリカ地域の言葉についての研究ではなかったかという。ナワトル語やタラスコ語の文典だ。とくに16世紀中葉のタラスコ語文典(ヒルベルティ、ラグナスなどによるもの)が、語根導入において重要な役割を果たしたらしいとされている。ロドリゲスはそれらを用いていたきわめて可能性が高い、と。ちなみに日本語の「語根」というのは、いわゆる連用形のこととされる。
続く中性動詞の話も興味深い。ロドリゲスはあえて日本語に「中性動詞」という範疇を設けているというが、著者曰く、それは彼が形容詞を「形容動詞」と呼んで動詞に分類したことに関係するのだという。ロドリゲスの考え方は、形容詞は名詞の一部だとする当時の印欧語の見識に対立する、革新的な知見だったといい、その根拠は、たとえば日本語の形容詞は時制を表現できる(「深い」「深かった」「深かろう」)点などにあった、という。その説を支えるために持ち出された中性動詞というのは、今でいう自動詞に相当するもので、補語を必要としないとか、対格以外で補語を取るような動詞のこと。16世紀当時のラテン語文典では、態の概念や自動詞・他動詞の区別がまだないため、能動動詞・受動動詞・中性動詞・共通動詞(一つで能動と受動の意味を兼ねることができるもの)・形式受動動詞(形式は受動態だが、意味は能動的)といった分類がなされていた。とはいえ、中性動詞という概念は、16世紀ごろにそれまでのラテン文典の見直しがなされるようになると、徐々に敬遠されるようになっていく。下位区分の「絶対中性動詞」の定義が曖昧で、判断が難しいことが理由だったのではないか、という。したがって、これをあえて日本語に適用しようとするロドリゲスの立場は、かなり特殊なものでもあった。しかしながらそれを導いたのは、ロドリゲスが直面したであろう、日本語に多々見られる主語省略の文だった可能性が示唆されている。大文典で絶対中性動詞に分類されるものは、ほとんどすべてポルトガル語の、今でいう再帰動詞(再帰代名詞を付けて自動詞化した他動詞)に当たるとロドリゲスは考えていたらしい。