能力主義(功績主義)の嘘

それに代わる正義はあるか


 マイケル・サンデルの新しい邦訳書『実力も運のうち——能力主義は正義か』(鬼澤忍訳、早川書房、2021)を読んでみました。ちょっと邦訳タイトルは軽いですが、実際には能力主義(メリトクラシー:功績主義)の是非を政治哲学的に論じた啓発の書で、そんなに軽い中身ではありません。

 最初は時事評論的に、トランプ誕生その他世界的な保守化・ポピュリズムを概観しています。ポピュリスト政権の誕生の背景の一端として、アメリカなどの民主主義国家が奉じる「メリトクラシー」がある、というわけですね。中盤になると、政治思想的な分析が行われ、最後にありうべき代案を示すという、政治論文的な構成になっています。

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 個人的に面白かったのは中盤の政治思想的分析です。ハイエクが説く自由市場的な正義も、ロールズが説く分配的正義も、ともにメリトクラシーの肯定に行き着いてしまう、というのが興味深いです。というか、要するにどちらの立場でも、メリトクラシー自体を問い直していない、ということなのですね。

 自由主義経済の体制が、自由を謳いながらも、少なからぬ場合にコネや談合でもって「非・自由」な活動に終始するのと同様に、能力主義を謳ったところで、少なからぬ場合、世襲その他の「非・能力的な」要素で評価が決まることを(そしてそこから漏れてしまう人々が多数に及ぶことを)、サンデルは社会的な正義とは言えないと断じます。その上で、ささやかな、けれども重要な転換策を提唱します。

 ネタバレになってもナンなので、そのあたりは伏せておきますが(労働の尊厳についての再考、とだけ記しておきます)、共同体主義者サンデルならではという感じの提言です。そうした提言がなんらかのかたちで政策に反映されるようになるには、それなりに長い時間が必要になるような気もしますが、今のままで必ずしもよいとは言えない以上、そうしたシフト、あるいはマイナーリペアの可能性は、つねに探らなくてはならないと思えます。