年も明けたので、早速今年の第一弾として、シスメル社のミクロログス・ライブラリーのシリーズからアゴスティーノ・パラヴィチニ・バリャーニ編『植物の世界 – 医学、植物学、象徴論』(Le Monde végétal – Médecine, botanique, symbolique, éd. Agostino Paravicini Bagliani, Sismel – Edizioni del Galluzzo, 2009)を読み始める。このシリーズはいろいろと面白いテーマを扱っているので、今年はさらに注目したいところなのだけれど、それはともかく。今回のこの論集は、ローザンヌ大学でのシンポジウムの記録。サブタイトルにあるように、植物について医学、植物学、象徴論など多面的にアプローチした仏語・伊語の論考を21編も集めていて圧巻。その中から、まずはパオラ・カルージ「鉱物のような花、花のような鉱物:イスラムの錬金術とその庭園」(Paola Carusi, Fleurs minérales, minéraux fleurissants : L’Alchimie de l’islam et son jardin)を覗いてみる。中世イスラムの錬金術書の手引き書に、ときに鉱物に混じって植物の名称が現れることがあるといい、それらが鉱物なのか植物なのかを具体的な例でもって検証しようというのが論考の主旨。ベースの資料は雑多な錬金術書の集成から成るカイロ写本と2種類のパリ写本で、取り上げている題材はtalqという素材。錬金術で使われる原料とされ、月の満ち欠けに応じて体積が変化する(?)とされる「月石」と、やはり月の満ち欠けで葉が成長する「月草」との二つの意味をもっているという。
中世アラブの科学書(13世紀など)では、talqは透明石膏(sélénite)と同一視されていた。すでにラージーやアヴィセンナにも透明石膏の満ち欠けの記述があるといい、さらに遡れば、ディオスコリデス、プレニウス、イシドルス、ユウェナル、アウグスティヌスなども言及していて、近代初期ならばアグリッパなども取り上げているとか。最古の錬金術書とされる偽デモクリトス『自然学と秘術』にも記されている。で、すでにしてディオスコリデスなどに、植物との関連が示唆される記述があるという。
では月草のほうはどうかというと、月の満ち欠けとともに成長する植物についての記述は、イスラムの錬金術の伝統に古くからあるようなのだけれど(10世紀、パリ写本1)、どうやらそこでは「植物だというのは石のアレゴリーだ」みたいな説明がなされ、上の透明石膏が示唆されているらしい。けれども論文著者によれば、もしそうだとすると錬金術の処方上、一種のトートロジーをなしてしまうという問題が生じる。そこで著者は、カイロ写本とパリ写本2にあるharmalという植物に着目する。これはどうやら、薬草として使われるヘンルーダの一種(rue de Syrie)で、これが様々な特性の類似(白の色、種、薬効の共通性)や錬金術の象徴体系、アレゴリーなどを通じて同一視されることになったのではないか、とされている。さらにはペルシア・インド系の宗教的伝統が絡んでいる可能性も……(?)。もちろんこのあたりの議論は推論でしかないわけだけれど、いずれにしても13世紀ごろには西欧世界でも「月草」なるものの存在は確信されていたというし、細かな話ではあるけれど、その意味世界の拡がりには、なにやら年の初めから妙に興味をかき立てるものがある(笑)。
……とまあ、こんなわけで、この論文集はさらに少しばかり取り上げていくことにしよう。