「植物論」

先日取り上げた『植物の世界』(Le monde végétal)から再び。先のヴォイニッチ写本の論文でも触れられていてとても気になっているダマスクスのニコラウス『植物論(De plantis)』だけれど、これについて、ルチアーナ・レピチ「古代・中世の伝統における偽アリストテレス『植物論』」(Luciana Repici, Il De Plantis Pseudo-Aristotelico nella tradizione antica et medievale, pp.77-94)という論考で詳しく論じている。中身は、どれも基本情報として押さえておきたいことばかり。この書はオリジナルとされるギリシア語版は失われていて、5種類の翻訳が現存し(アラビア語訳、シリア語訳、ヘブライ語訳、古いラテン語訳をもとにしたアウソニ某によるギリシア語への訳し替え版、アラビア語版をもとにしたサレシェルのアルフレッドによるラテン語訳(1200年頃))、どうやら各版の相違が激しいようで、もとのテキストが注釈だったのか要約だったのかといったことも見えてこないらしい(ちなみにこの5つの翻訳は校注版(?)がBrillから1989年に出ているようだ)。東方世界では、この書はダマスクスのニコラウスの手によるものとされてきたのに対し、中世の西欧ではこれはアリストテレスの著書と考えられていて、医学的な草木論としてではなく、むしろアリストテレスやテオフラストスなどの「理論」書に類するものと位置づけられていた、と。論考は『植物論』のテーマごと(生命活動、形状、構成と栄養補給、変容)にその特徴的な議論をまとめて示してくれているのだけれど、全体としてアリストテレスの自然学を思わせる記述が多いらしく、13世紀初頭ごろの、比肩しえない権威としてのアリストテレスというイメージの定着の一端が垣間見える、みたいなことを著者は結論で記している(表記通りではないけれど)。

↓Wikipedia(en)より、ディオスコリデス『マテリア・メディカ』の15世紀の写本。クリュニー美術館蔵。