これもちょっとした話題作……なのかな?マイケル・ダメット『思想と実在』(金子洋之訳、春秋社)にざっと目を通す。分析哲学はなにやらとても窮屈な感じがするので、そういうのに耐えられる心情のときでないとなかなか読み進められないのだけれど、これは講義がもとだということで、比較的とっつきやすい感じではる。ま、そうはいっても歯ごたえは十分すぎるほどあるのだけれどね(笑)。個人的には最後の3つの章が断然面白い。まずは命題の真偽がどう決まるのかという大きな問題をめぐって進んだ末に、命題が時制をもっている場合の処理が、諸説にとってのある種の試金石になることを論じている。ダメットはそこから、「文理解についての正確な説明」が「要求する程度にとどめる」限定つきの実在論を擁護する。次いで今度は、そうして考えられた実在論から、二値原理(真か偽か)でもって確定できないような実在が導かれる。「もし世界が創造者をもつならば、神は確実に人間の著者と同じように世界の細部を未決定のままに残す自由をもつはずである」。こうして、事物の現れ方(われわれにとっての)と事物それ自体がどのようにあるかということとの断絶があらわになり、と同時に、あるがままの事物を捉えることの不可能性(われわれの)が、そうした事物を捉える純粋知性としての神の概念へと織り込まれて表裏をなすことが概括される……。この、世界観や神についての問いは同書の白眉といえそうな部分で、このあたり、(多少の読みにくさはあっても)なんだか一気にたたみかけるような調子でどんどん読ませてくれる。分析哲学も大陸系の現象学のように、そうした壮大な問いへと開かれている……なんてことはつい忘れてしまいがち(反省を込めて、苦笑)。