モザイク画の眼

ほれぼれするような見事な写真が満載の一冊。金沢百枝・小澤実『イタリア古寺巡礼 – ミラノ→ヴェネツィア』(新潮社、2010)。北イタリアの12の都市をそれぞれ代表する教会を取り上げ、特にその絵画や彫刻を中心とした写真と、美術史・歴史の双方の視点から織りなした解説とで構成されたミニ写真集。とくにモザイク画とか眺めていると、写真を通してであっても、なにやら落ち着いた気分になってくるから不思議だ。ロマネスク建築の教会がほとんどのようだけれど、内部を彩る11から13世紀ごろのモザイク画や壁画の人物像が、個人的にはすごく良い。なにが良いって、この鼻筋通って大きな眼の人物像たち。この形象、どれもなにやら似通っていて、さらには東ローマのイコンなどをも彷彿とさせ、なにやら通底する職人的伝統、一貫した美的感性のようなものが感じられる。とくにその眼、なにやら吸い寄せられるような、なんとも言えない雰囲気を醸している(笑)。この感覚って何ですかねえ……謎。

この中世ヨーロッパの古寺巡礼はシリーズでの刊行のようなので、続刊も大いに期待したい。どんどん出していただきたいぞ。

ガジェットたちと安易さと

このところ、世間的にはもうすっかり定着しているものの個人的には「新しい」というガジェットの数々(笑)をいじって試している。EvernoteとかTwitterとか……やっと人並み?まだどういう用途を目指すのがいいのかわからないのだけれど、いじりながら見ていくしかないかなと。Evernoteは基本的にはクリッピング保管庫。携帯で書籍のページを撮影して画像を載せておくと、その画像内の文字列で検索がかけられる。ちょっとしたOCRの代わりみたいなことができるのだけれど、うーん、こういう外部記憶を多用しすぎると、自分でメモして脳裏に焼き付けるということをしなくなる感じもあるなあ。人は安易な方へと流れていきがちだし……。そういう安易さを売っているところが(最初は無料で使えるけれど、基本的には商売なので)なにやら少しあざといような……(苦笑)。

Twitterは、パソコンで少しばかり見ているうちはまったく手を出す気になれなかったのだけれど、携帯やiPod Touch(あるいはiPhone)のクライアントツールで眺めていると、世間的にこれだけ騒がれたわけがなんとなく理解できる(気がする)。今さらだけれど、基本的にはRSSの延長みたいな感じっすね。RSSを使って相互にやり取りができるみたいな。RSSもブラウザで見るよりはRSSリーダーで読む方がよいのと同じ理屈か。RSSは全文表示だとむちゃくちゃ長いとか、ダイジェスト表示だと場合により何の話なのかすらわからないなんてことが起こりうるのだけれど、なるほど、これを140文字で制限したというのが絶妙なのか。この長さ、クライアントツールで見るにはちょうどよいもんねえ。でも、やっぱりこれも安易な方に流れていきそうで……下らない無意味なツィートをついつい流してしまう……。ちなみにアカウントはtwitter.com/sxolastikos。あまり面白くもないでしょうけれど、フォローとかよろしくです。

もう一つ、翻訳支援ツールBentenも少し触ってみた。プログラミングの開発環境(Eclipse)でもって、翻訳メモリ(つまり定形的な訳語の蓄積)などの機能を活かして翻訳しましょ、というものなのだけれど、このどこか一対一対応的な発想から抜けていないところが個人的には今一つ。文単位で訳していきましょうというわけなのだけれど、ときには二文をくっつけたり、一文を分けたりするようなことだって、まったく不要というわけではないし、訳語だって、定形のものばかり当てはめていくより、どんどん言い換えていく方が読みやすい文章になると思うし。ま、マニュアルみたいなバリバリの技術系文書の翻訳にならある程度使えるかもしれないけれど、本来はより柔軟であるはずのマーケティング系の文書の翻訳にはちょっと厳しい気がする……。この二つ、本来は全然スタンスが違うのに、ごちゃまぜにしている企業とかやたら多いよなあ。これもまた安易な方への流れ?うーん、エントロピーの増大か。先の『時間と生命』ではないけれど、秩序を作るにはやはりそれなりのエネルギーが必要……。