歯車機械

先のジャンペル本では、西欧では機械式時計が発明されたのは13世紀ごろとされ、振り子式やエスケープメントも14世紀半ばには定着していたと記されている。これがまあ、従来の妥当な定説。しかしながら、はるか昔のギリシア時代、同じような歯車式の機械がすでに存在していたとしたら……。という問いを突きつけてきたのが、「アンティキテラの機械」と言われるものなんだそうで。1901年に古代の沈没船から引き上げられた物品の中から発見された、ボックス型の歯車機械。何をする機械なのか、どういう仕組みで動くのか、いつごろの機械なのか。そうした疑問に取り組んだ人々を活写した、サイエンス・ルポルタージュの好著だったのがジョー・マーチャント『アンティキテラ – 古代ギリシアのコンピュータ』(木村博江訳、文藝春秋)。うーむ、以前のブログに記したフェルマー最終定理本や線文字B解読本などもそうだったけれど、これも実に読ませる一冊。こういうサイエンス系のジャーナリズムの充実ぶりは、日本ではとうてい考えられない。なにせこちらではせいぜいが「プロジェクトX」とか、専門家が勝手に書き散らすエッセイ本どまりになってしまう(のはなぜなのかしら、という疑問もあるのだが)……。

不可思議なそのボックスに魅入られて、ひたすらその再構築に人生をかける研究者たちの群像劇。なんとも人間くさくて興味深い(笑)。また、その対象となる機械そのものの不可思議さがまたいい。差動装置や遊星歯車などの機構を、古代ギリシアの技術者たちがとうに知っていたかもしれない、なんて仮設も出てくる。うーむ、ま、邦題の「コンピュータ」というイメージはちょっと違うかなという気がするけれど、最終的な結論もとても興味深いもの。古代ギリシアのコスモロジーへと一挙に誘ってくれる感じだ。この間の日蝕の前に読んでおくとよかったかもなあ(笑)。