「黒の過程」

昨年新装版で出たユルスナール『黒の過程』(岩崎力訳、白水社)を読了。訳者は学生時代にお世話になった先生(笑)。地の文が入り込むフランス式の会話文は久々で妙に懐かしい。16世紀を舞台に、ある錬金術師(医者でもあり哲学者でもある)の遍歴を中心に、ルネサンス期のゆるやかな社会変革にあって覚醒と蒙昧との境界線上の波間を漂う狭間の人々を描き出しているという一作。話には聞いていたけれど、なかなかに味わい深い。読み応えたっぷり。語り口もなんともいえず、いったん主人公が後景へと消えて端役のような扱いで戻ってくるあたりの巧みな語りも、あまりお目にかかれない小説技法という感じだ。

で、巻末についているユルスナールの「作者の覚え書き」がまた実にいい。主人公ゼノンをはじめ登場人物の造形のモデルや、エピソードのもとになった歴史的事実、背景などを蕩々と語っている。当然ながら真摯な学究的な姿勢の上に、その資料の合間を縫ってフィクションが紡ぎ出されるという小説構築の作法。そういうものの積み重ねがあっての堂々たる作風。

今回の新装版のカバーにはヤン・ヴァン・ゴイエン(Jan Van Goyen)の「スケーターたち」(Les patineurs)という絵の一部が使われている。1645年の作品で、リール美術館所蔵とか。人も描き込まれた全体図を掲げておこう。
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